近江国一之宮建部大社へ参拝に来ました。10月は七五三のシーズンです。何組かの七五三のご家族の方が何組かおられました。建部大社は、滋賀県大津市に鎮座します。建部大社の敷地内には、ヤマトタケルノミコトの立て看板がいくつもあります。建部大社は一之宮というだけあって、とても立派です。

縁起をかつぐパワースポットにようこそ。

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今回の縁起をかつぐパワースポットは、滋賀県大津市の一之宮【建部大社】です。

初めての参拝です。

とても楽しみです。

建部大社

建部大社は、1300年の歴史を有し、御祭神は日本武尊をお祀りしています。

社宝としては平安時代作の木造女神像と、鎌倉時代建立の石灯籠が重要文化財に指定されています。

また、毎年8月17日に行われる船幸祭は大津の三大祭りの一つとして、瀬田川の安全と水の恵みに感謝する祭儀として知られています。

「重要文化財の女神座像三体は、宝物殿に納められています。」

 

近江国(滋賀県)一宮の建部大社の門前に位置し、その神料田(神領)となったところから、神領という地名がついたといわれています。

建部大社は、天平勝宝七年(755)現在地に遷座したと伝えられ、源頼朝をはじめとして多くの人々の信仰を集めていました。

 

御祭神

本殿 日本武尊

相殿 天明玉命

権殿 大己貴命

 

建部大社のあゆみ

116年 神崎郡建部郷に建部神官が創建される

672年 壬申の乱 古代史上最大の内乱で、瀬田川がその舞台となる

675年 神崎郡建部郷から瀬田大野山に建部神官が遷し祀られる

755年 大己貴命を権殿に奉祀し、正式に近江国一之宮と定められる

1160年 伊豆へ向かう源頼朝公が建部大社に参籠し、源氏再興を祈願される

1183年 寿永の戦 源平両軍建部大社の森にて夜戦。兵火に見舞われる

1190年 源氏再興の宿願が叶い源頼朝公再び参拝。神宝と神領の寄進を賜わる

1221年 承久の戦 社域戦火に見舞われる

1223年 大野山山麓より現在の地に建部大社が創建される。この時一夜にして杉三株が生えたことから、これを御神紋として用いる。(神紋三本杉の由来)

1350年 建部の戦 足利直義軍対佐々木軍との戦で社殿焼失する

1399年 将軍足利義持社殿を再建される

1467年 応仁の乱 社域戦火に見舞われる

1480年 後土御門天皇勅使を遣わし社殿を修造される

1498年 後土御門天皇より神事・祭礼再興の論旨を賜わる

1627年 寛永の大地震により、社殿倒壊する

1861年 社殿が御造営される。(現在の社殿)

1868年 明治天皇御東幸の砌、奉幣使を御差遣わされ、奉幣の儀が執り行われる

1880年 久邇宮朝彦親王御参拝になる

1899年 官幣大社に昇格する

1915年 大正天皇行幸の砌、奉幣使を御差遣わされ、奉幣の儀が執り行われる

1918年 東宮殿下(昭和天皇)御参拝。社前に松を御手植になる

1934年 東伏見宮殿下、照宮内親王殿下、閑院宮春仁殿下同妃殿下、三笠宮殿下御参拝になる

1945年 建部大社が描かれた日本初の千円紙幣が発行される

1975年 御鎮座千三百年記念大祭を斎行する

1981年 東宮殿下(上皇陛下)御参拝になり、その記念として社前に杉を植樹する

 

幻の千円札

昭和二〇年八月、日本で初めて作られた千円札。

当時の最高額紙幣として発行されました。

図柄は御祭神である日本武尊(やまとたけるのみこと)と建部大社の本殿が使用されています。

発行された枚数が極めて少なく幻の千円札いわれています。

 

寸法 縦100mm、横172mm

幻の千円札は、片手で持つというよりは、両手で持たなければならないような大判の紙幣です。

 

近江一宮 建部大社を讃う

三杉の神木蒼穹に聳(そび)え

千古の宮居恵風満つ

太平恩沢悠久の事

建部の弥栄 敬虔崇し

本島紀之(国紀)作

 

日本武尊(ヤマトタケル)伝説

 

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)

日本神話におけるもっとも有名な英雄

・ご利益 必勝、開運出世、無病息災、厄除けなど

・主要神社 焼津神社(静岡)、能褒野神社(三重)、大鳥神社(大阪)、熱田神宮(愛知)、建部大社(滋賀)など

・神格 文武の神

・天叢雲剣が草薙の剣と呼ばれるようになった

 

 

一、ヤマトタケルの西征

ヤマトタケルノミコトは父(第十二代景行天皇)の御子:子唯命(オウスノミコト)として生まれます。

父はオウスノミコトに朝廷に従わない西国の九州・熊襲建(クマソタケル)兄弟を征伐するように命じました。

熊襲建兄弟の館を見つけたミコトは、女装をして熊襲の女たちに混じり宴に紛れ込み、熊襲兄弟が酔ったところで忍ばせていた短剣で熊襲兄弟を討ちました。

熊襲兄弟を討った事から強者の称号である「タケル」の名をもらい、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の名で呼ばれるようになりました。

 

二、ヤマトタケルと草薙の剣

西国征伐から戻ったヤマトタケルノミコトに景行天皇は東国征伐を命じます。

途中、伊勢神宮に立ち寄り叔母のヤマトヒメから神剣:雨叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)と、火打具を授かりました。

駿河の国に達したミコトに国造(クニノミヤツコ)たちは「沼に住む荒ぶる神に困っております」と、野に誘う出され四方から火を放たれました。

退路を断たれたミコトは、ヤマトヒメから授かった神剣で草を薙ぎ払い、火打具で向かい火を放って野火から脱出します。

後に火で焼いた事からこの地を「焼津(やいず)静岡県」といい、草を薙ぎ払った神剣は草薙の剣(クサナギノツルギ)と呼ばれるようになりました。

 

三、后・オトタチバナヒメの入水

更に東へ進んだヤマトタケルノミコトは、次に相模の国から船で海路を進み上総の国へ渡ろうとしました。

しかし、海が荒れ船を進めることが出来ずにいると、同行していたオトタチバナヒメが、「私が海に入って海の神を鎮めましょう」といって自ら荒波に身を投じたのです。

すると、たちまち荒れ狂っていた海は静まり、無事に対岸に着くことができました。

 

四、ヤマトタケルと伊吹山の神

東国を平定し尾張の国に戻ってくると、今度は伊吹の山に悪い神がいると聞き付けたヤマトタケルノミコトは、神剣:草薙の剣をミヤズヒメ預けて征伐に向かいました。

伊吹山を登る途中、牛ほどの大きな白い猪に出会い「これは山の神の使いだな!帰り道で相手になってやろう」と大きな声で威嚇してやり過ごしました。

すると突然激しく雹(ひょう)が降り出し行く手をはばまれます。

実は白い猪は山の神の使いではなく、山の神だったのです。

怒りを買い雹に打たれて衰弱したミコトは、やっとの思いで山を脱出し故郷の大和の国を目指します。

 

五、ヤマトタケルと白鳥伝説

大和の国を目指し歩き続けたヤマトタケルノミコトは、「足が三重(ミエ)に曲がり固い餅のようだ」と歎いた事からその地を三重(みえ)といわれるようになりました。

更に体調を悪くしたミコトは国しのびの歌を詠みます。

「倭は国のまほろばたたなづく青垣山隠れる倭しうるはし」

と詠み、伊勢の能褒野(三重県鈴鹿市)でついに力尽き息を引き取ります・・・

妻や子供たちが駆け付けると、ミコトの魂は白鳥となり能褒野から河内の志紀(大阪羽曳野)へと飛び立ちました。

今も白鳥伝説として語り継がれています。

 

 

 

願石とお食い初め石

 

 

願石

本殿の左側に願石が置かれてあります。

願石とは

建部大社に古くから伝えられています白い石を持ち帰り

願い事を石に書いて朝と夕に願掛けをします。

そして、無事願い事が叶ったら白石は、建部大社の神様にお返しします。

返した白石は、建部大社の本殿にお供えされ、御祈願してくださいます。

【初穂料 千円】

 

お食い初め

お子様が一生食べ物に困らないように、生後100日に行われる儀式で

歯固めの石と称し丈夫な歯が生えてきますようにという願いを込めて

お食い初めの石」を添えます。

建部大社では、福石として無料で頂けます。

お食い初め石は、願い石の回りにたくさん置かれています。

 

菊花石

 

菊花石は、建部大社本殿の真裏にあります。

菊花石は、石の表面に自然と菊の模様が浮き出たというたいへん珍しい石です。

天然記念物です!

石の表面に菊の模様って、すごい事ですね!

実際に見たら、その凄さと不思議さを実感できます。

健康・長寿のご利益があるんだって!

 

さざれ石

 

さざれ石も建部大社本殿の真裏にあります。

菊花石の左側に展示されています。

こちらのさざれ石も天然記念物です。

 

国歌「君が代}に詠まれている「さざれ石」は、もともと小さな石の意味であり、

長い年月をかけて石灰岩が溶けて凝固し、大きな巌の様になったものです。

この「巌(いわお)となったさざれ石」は神聖な力により作られたと信じられており、

神霊の宿る石として繫栄の象徴とされています。

 

こちらのさざれ石も菊花石同様、すごく不思議な石です。

一見の価値がありますよ!

 

水の神様

建部大社本殿の裏に行くと、水の神様を祀ってあります。

立札には、水の神さま 「水神社」と書かれてあります。

井戸があるのでしょうか・・。

 

建部大社本殿の近くに「源頼朝公の出世水」があります。

永歴元年三月前途祈願

建久元年十一月源氏再興祈願成就

水が湧き出ています。

頂いて持ち帰ることができますよ。

 

建部大社 アクセスと駐車場

建部大社 駐車場

駐車場は、無料です。

70台ぐらい駐車できます。

 

建部大社へのアクセス

住所:〒520-2132 滋賀県大津市神領1-16-1

電話:TEL:077-545-0038

最寄り駅:唐橋前駅[出口]から徒歩約14分

営業時間:5:00~17:00

まとめ

私は滋賀県出身ですが、建部大社へ参拝に行くのは今回が初めてでした。

とてもパワーのある神社で、また参拝に来たいです。

参拝中にも、太鼓の音や神主さんの祝詞を聴くことが出来ました。

すごい、ラッキーなタイミングでした!